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関西学院大学 鉄道研究会

関西学院大学鉄道研究会のブログです。活動報告や日々のできごとなどを書いていきます!

鉄道研究会追いコン2017(3月13日(月)) part1

こんにちは、K.Tです。まもなく新年度の幕開けである4月が到来します。大学では卒業式が無事に終わり、4回生の方々が関学を旅立っていきました。入れ違いに4月から大学生となる新入生の人達が入学してきます。本当にこの時期は「出会いと別れ」の季節であることが実感します。このブログをご覧になられている方もしみじみ感じられていると思います。中には春の新生活のスタートを切るために引越しなど新年度に向けての準備で多忙な方もいらっしゃると思いますが、もうじき桜も開花する頃ですので、気持ちを入れ替えていきましょう!!

さて、そんな中私たち鉄道研究会は恒例の追い出しコンパ(追いコン)を来る3月13日(月)に行われました。昨年は阪堺電車を貸し切って車内でパーティーが行われましたが、今回は大阪・淀屋橋から京阪特急に乗って嵯峨野観光鉄道トロッコ列車に乗りに行くという大プランが組まれました。私たち関西学院大学生は兵庫県を拠点に活動が行われていますが、鉄道研究会メンバーで京都に行く機会はそれほど多くはありません(強いて言うと、昨年10月に京都鉄道博物館に行ったくらいですが…)。しかも乗る路線は阪急電車がほとんどで、京阪電車(ましてや特急)に乗るのも初めてなくらいです。今までないくらいに京都の鉄道路線を乗って行きました。

 

それでは本編に参りましょう~!

 

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▲集合場所は大阪・京阪淀屋橋駅。鉄道研究会ではめずらしく大阪の中心部に位置する淀屋橋駅が今回の集合場所となりました。中には京阪電車についての本を持ってきた人もいますが、さすがに京阪に乗る機会があまりないことがうかがえます。

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京阪本線の大阪側のターミナルである淀屋橋駅は1963(昭和38)年に天満橋駅からの延伸に伴い、開業しました。この駅の特徴はホーム一面に4線があり、北浜寄りに1番線と2番線が存在します(ラッシュ時のみに使われ、日中は閉鎖)。更に1番線と4番線は信号を分割した上での縦列停車もできます。かつては各駅停車の多くもこの駅から発着していましたが、2008(平成20)年の中ノ島線開業によって日中全ての各駅停車は中ノ島発着となり、今ではラッシュ時にのみ見られます。

 

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▲出発時間になって乗り場に行くと、乗車する京阪特急8000系が入線してきました。8000系は1989(平成元)年の鴨東線(三条~出町柳)の開業に伴って登場した車両で、当時主力であった旧3000系を補う形で導入されました。その後旧3000系に代わって京阪特急専用車として量産されていき、1997(平成9)年には従来の7両編成に加えて二階建て車両が増結され、8両化が進みました。登場から20年間は全席クロスシートでしたが、京阪間の輸送の見直しに伴い、中ノ島線開業と同時に先頭車両を除く車端部の座席がロングシートとなり、外部塗装・内装の変更やドア上の液晶ディスプレイの設置、テレビカーの撤去が行われました。新たな塗装になったと同時に“エレガント・サルーン”の愛称が付けられました。

因みに現在、8000系は座席指定の特別車両である“プレミアムカー”の導入に伴い、8両編成の内の1両を切り離してリニューアル工事が施工されています。そのため、各駅には8000系の7両編成化のお知らせが見受けられます。

 

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▲今回は二階建て車両の上部分に乗車しました。

出発時刻となり、いざ京都へ!!

 

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▲出発して2駅目の天満橋駅を出ると地上に出ます。その瞬間、進行方向右手に大阪城天守閣が車窓に見えました。昨年の大河ドラマ真田丸』の舞台となった大阪城(江戸時代までは“大坂城”)は今日における大阪を代表する歴史的建造物であります。

なお天満橋駅は元々京阪本線の大阪側におけるターミナルでしたが、1963(昭和38)年に淀屋橋駅への延伸と共に地下化され、更に2008(平成20)年には中ノ島線が当駅から開業されました。

 

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淀屋橋駅を出発して約50分、三条駅に到着しました。この駅は京阪本線の終着駅で、1989(平成元)年に出町柳駅まで鴨東線が開業した後も終着駅としては変わりません。この駅は元々地上にありましたが、鴨東線開業と同時に地下化されました。

 

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▲▼ここからは京都市営地下鉄東西線に乗り換えて、太秦天神川駅まで行きます。地下鉄東西線六地蔵太秦天神川を結ぶ路線で、写真下のように全駅でホームドアを設置しています。このホームドアのタイプはプラットホーム全体を覆い、転落事故防止に役立っています。なおこの路線は途中の御陵駅から京阪京津線が乗り入れており、京阪の車両も乗られます。

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▲電車が来て乗り込みましたが、車内は平日の昼間のせいか乗客はそれほど多くはありませんでした(京都市内の交通はどこでも混んでいると予想されましたが)。

 

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▲▼三条京阪駅から約10分、終着の太秦天神川駅に到着しました。ここから京福電気鉄道(嵐電)嵐山本線に乗車し、嵐電嵯峨まで向かいます。

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▲暫くすると電車が入ってきました。嵐電は併用軌道、すなわち路面電車に分類します。鉄道研究会路面電車に乗り行ったのは1年前の追いコンの際に阪堺電車を貸し切ってパーティーを行った以来です。

嵐電は1907(明治40)年に設立され、3年後の1910(明治43)年に嵐山本線(四条大宮~嵐山)、1925(大正14)年~1926(昭和元)年にかけて開業しました。

 

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▲レトロ調な車両が目玉で、これぞ“京都の路面電車”と言えます。

 

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▲なお嵐電路面電車のため、車内には路線バスの同じく降車ボタンが設置されています。

 

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嵐電嵯峨駅で降車後、一行はJR嵯峨嵐山駅に向かいました。

さあこの後、どんな展開が待っているのでしょうか?part2をお楽しみに!!

 

【参考文献】

京阪電鉄のひみつ』(PHP研究所、2014年)

『関西の電車』(鉄道ジャーナル社、2015年)